KASA様写真画像を見て馬橋駅でのJRと流鉄線間の授受用分岐他は今も健在なのですね唯流鉄線側で枕木車止めを施しておるのですね流石に鉄道用品株式会社への引き込み線は分岐部が無くなり現状構内の線路も撤去された様ですね 1965年頃豊四季にすんでおる叔父の家へ行った折鉄道用品工場の上野寄りで折しもシュー式及びリンク式バネ受け二軸単車の貨車を解体しておるのを目撃した事が有りました 鉄道用品会社は解体専門の企業だったのでしょうね 工場裏には丸屋根郵便車の廃車体を利用した事務所が有しておった事からも解体目的の車輛を名義上では解体した事にして事務所等に利用する事は何処でも儘有った 昔鉄道工場や機関区電車区客貨車区操車場の隅に此の様な廃車車輛が存在していた其れ等が或る時突然復元されて保存される事も有る不思議・・国鉄からJRへ移管の折大宮駅の新幹線高架下にワム90000が十数両とワフ21000が連結されて留置されていた当時ワム90000は既に殆ど解体されていたのに十数両纏まって出て来たのは驚異でした後で解ったのですが東大宮操車場で教育用に保管していた車輛だった 近年京都鉄道博物館開館のおりワム3500が復元保存された例も有ります
- yyoshikawa
- 2020/11/25 (Wed) 16:54:01